父の代からのスタッフが辞めずにいる——理由は分からないが、思い当たることが一つある
医師会などでクリニックを経営している院長との雑談で、スタッフがすぐ辞めて採用に苦労しているという話を、よく聞きます。人手不足の折、求人を出してもなかなか応募がないそう。
ただ当院は幸いなことに、承継後も、以前から勤めているスタッフがほとんどです。
なぜ辞めないのか、本当のところは私にも分かりません。ただ、一つ思い当たることはあります。
承継しても、スタッフはほとんど入れ替わらなかった
当院のスタッフの多くは、父の代から勤めてくれています。承継で引き継ぐものというと、患者さんとカルテ、建物、それに借入が思い浮かぶと思いますが、スタッフの雇用もそこに含まれています。
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承継後に辞めたのは、定年退職を迎えたスタッフだけ。
実際に医療業界でどの程度の人が辞めてゆくのか、調べたことがあります。令和6年(2024年)の調査では、医療・福祉分野の離職率は13.8%、全産業平均(産業計)は14.2%で、ほぼ同水準でした。他の業界と同様、人の入れ替わりは一定程度あるようです。
スタッフにはなるべく長く勤めてもらいたい。そのためには、なるべく職場でのストレスをなくすことが大事だと思っています。そのため、細かいところに口を出さないよう、気を付けています。
ただ、経費削減が大事と考える院長もいるようで、先日話を聞いてちょっと驚きました。
文具の値段は見ていないが、医療用マスクの値段は見た
その院長は、注文した文具の内容を逐一確認しているそうです。確かに頻繁に使う文具は「ちりも積もれば山となる」で、経費削減の対象になりやすい備品です。
ただ、毎回確認するには院長の時間が要りますし、チェックされている側には心理的な負担が生じます。自分がスタッフならやりにくい。そのため私は、文具などの消耗品を注文するときには、いちいち確認はしていません。
でも最近、経費削減のために手を入れたことがあります。それは医療用のグローブとマスクです。いつも使っている商品をたまたま他の問屋へ注文したとき、思ったより安く手に入ったことを、スタッフが教えてくれました。
そのため各社から相見積もりを取り、安いところに替えました。使用量の多い品目ですから、一度替えてしまえば、以後は手間をかけなくても経費削減効果が続きます。
同じ「細かい経費」に見えて、性質は逆だと思っています。毎回の確認が要るものからは手を引き、一度決めれば効き続けるものに手を入れる。私が経費についてやっているのは「コスパ・タイパ重視」のポイントです。
減らしたのは、支出ではなく手間だった
「コスパ・タイパ重視」の観点からは、公的機関への届出にも手を入れました。
医療従事者には、2年に一度の届出があります。三師届、業務従事者届と呼んでいるものです。父の代から、当院ではこれを看護師に書いてもらっていました。
当時は紙で提出していましたが、毎回ほぼ同じ内容を、同じように書き写す。その作業が、私には無駄に思えました。
そこで、パワーポイントに様式を画像として貼り付け、必要な箇所に文字を入れる形にしました。以後は、変わった部分だけを直して提出しました。看護師の手を一切離れるように変更したのです。
承継後に入職したスタッフは、以前の職場ではやはり自分で手書きしていたそうで、この変更を歓迎してくれたようでした。
いまは医療従事者届出システムがあり、オンラインで届け出ることができます。ですから、私がやった工夫そのものは、もう必要ありませんが、手間を減らすという判断の方向は、間違っていなかったのだと思います。
経営者が減らせるのは、支出だけではありません。スタッフの手間も、経営資源のひとつです。
処置室で、口を出さない場所と出す場所
処置室に患者さんがいないとき、スタッフの間で患者さんにまつわる話が交わされることがあります。
はじめは噂話のように聞こえ、あまり好ましくは感じませんでした。けれど聞いているうちに、そこに診療上必要な情報が含まれていることに気づきました。
たとえば、ご家族との関係によって、本人の情報を誰にどこまで伝えるかの判断が変わる場面があります。そうしたことは、カルテに書かれているとは限りません。書かれているのはスタッフの頭の中なのです。
ですから、話の内容そのものには口を出していません。
ただし、待合室にいる患者さんに聞こえるほど声が大きくなったときは、小声にするよう注意しています。リスク管理上、大事なポイントです。
私の好みに合わないだけのことには手を入れず、リスクのある場所にだけ手を入れる。当院ではそうしています。
長く勤めたスタッフは、医院の財産になる
スタッフは、医師が診察室で見たり聞いたりしていないことを、知っていることがあります。承継した医院では、その蓄積が先代の代から続いています。
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たとえば患者さんの認知機能。診察室ではごく普通の対応をされる高齢患者さんが、年齢とともに窓口ではお金の勘定ができなくなったり、処置室で採血するときに前回も採血したことを覚えていなかったりする。このような変化をスタッフは観察し、私に教えてくれるのです。スタッフの報告をきっかけに認知機能検査などを行い、認知症と診断された患者さんもいます。
クリニックには文書化されない慣習や患者さんの情報が存在します。明文化されないだけに、入職したスタッフは仕事をしながら、これらを蓄積してゆきます。たくさんの情報を身につけたスタッフは、クリニックの財産となります。
スタッフが辞めない環境を作ることが、院長の最も大事な仕事の一つなのかもしれません。退職の理由は人それぞれですが、自分ができることとして、私は細かいことに口を出さず、スタッフの手間を削減しています。
まとめ:この経験で見えたこと
- 承継後に当院で辞めたのは、定年退職を迎えたスタッフだけだった。ただし、なぜ辞めないのかは私にも分からない。離職率を見るかぎり、医療・福祉分野も他の業界と大きくは変わらない。
- 院長が手を入れるべきは、毎回の確認が要る細かさではなく、一度決めれば効き続ける経費と、スタッフの手間そのものだと考えている。文具の値段は見ていないが、使用量の多い資材は相見積もりを取り、届出書類はテンプレート化して看護師の手を離した。
- 口を出すかどうかの分かれ目は、私の好みか、リスクか。処置室での話の内容には口を出さないが、待合室に届く声量には注意している。
- スタッフは、医師が診察室で見たり聞いたりしていないことを知っている。文書化されない情報の蓄積は、医院の財産である。
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