退職金は天から降ってくると思っていた——継いで知った、積んでおくという仕事
「あれ?退職金ってどうするんだろう??」
ある日スタッフから退職金のことを聞かれて、はたと思いました。
勤務医の頃は、退職金は天から降ってくるものだと思っていました。というより、考えたことがなかった、というほうが正確です。勤めを終える日が来れば支払われるもの。それが誰の手で、いつから用意されているのかを、私は一度も考えたことがありませんでした。
継いだ医院には、退職金の規程がありませんでした。積み立てもなく、支払いが発生すればその都度資金を用意することになる状態でした。
勤務医から経営者になる過程で、マインドは変わってゆきます。退職金も、その一つでした。
継いだ医院に、退職金の規程はなかった
承継後しばらくして、あるスタッフから、退職金制度を整備してほしいという要望が出ました。
本人に確認したわけではないのですが、退職金の扱いが定まっていない現状に、不安を感じたのかもしれません。
調べると、当院には退職金の扱いを定めた規程が無いことが分かりました。
退職金の制度を設けること自体は、法律上の義務ではありません。ただ、規程が無くても人は退職します。以前はその都度資金を用意して、支払っていたそうです。
規程を作ったのは、募集のためでもあった
この要望を聞いて、私は「マズい」と思いました。
規程が無くても、当院では現に支払いが発生していました。今いる職員に安心して長く働いてもらうためにも、退職金制度を整えることは最重要課題と考えました。現職スタッフはクリニックの宝です。
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ただそれ以外に、これから先、スタッフ募集をかけるとき、他のクリニックと比較して福利厚生で劣っていると、優秀な人材が集まらないのではないか。こちらの焦りも出てきました。
これを機会に退職金について定めている、と公表できる状態にしておけば、スタッフを募集するときに、不利にはならないだろう。そう判断したのです。
要望に応えたという面と、経営者として判断したという面の、両方ありました。どちらか片方だけではありませんでした。
そこで規程を作り、中小企業退職金共済(中退共)に加入しました。規程だけ作っても意味がありません。支払い原資となる積み立ても揃って、はじめて退職金が制度として成り立ちます。
積み立ててみて変わったのは、マインドのほうだった
積み立てを始めて、いちばん変わったのは資金に対する心理的見え方と心の余裕です。
規程も積み立ても無い状態では、退職金は支払いが決まってから資金を用意するものになります。金額が大きいにも関わらず、一つの口座に入っていると退職金用の資金が見えてきません。しかし最初から「退職金」というラベルがお金に貼られることで、お金の見え方が変わります。心理的に「退職金用のお金」には手を付けなくなりました。
また、支払いが決まってから資金を用意する、という段取りそのものを考えなくてよくなりました。その分余裕をもって、他の経営課題に当たることができるようになりました。
退職金を払う日が来ることは、あらかじめ分かっています。分かっている支出を、分かっている時点から少しずつ貯めてゆく。その結果、重要な経営資源である「心の余裕」が生まれる。これは節約でも運用でもなく、経営を止めないための備えでした。
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役員の退職金も、誰かが積まなければ存在しない
スタッフの退職金が積み立てられていなかったのと同様、承継のときには役員の退職金が積み立てられていない状態でした。
役員の退職金は、法人が定め、法人が備えるものと、継いでみて初めて知りました。備えが無ければ、支払う日に法人の資金からそのまま出てゆき、資金繰りに影響します。
もらう側にいたときの私にとって、退職金は最初からそこにあるもののように見えていました。支払う側に回って初めて、それが誰かの判断で積み立てなどで用意した結果であることが見えてきました。
勤務医の頃に持っていた「天から降ってくる」というイメージは、ここで崩れました。
「そりゃそうだよな、誰かが用意しなければ、退職金のような大金は準備できないよな」と、目から鱗が落ちた気分でした。
勤め先では、法人の側で退職金が用意されていました。しかしクリニックでは、その役目は理事長である自分です。いま現役のうちに、自分で自分の退職金を積んでいます。経理の裏側を見た思いでした。
まとめ:継いで分かった、退職金という準備
- 継いだ医院には退職金の規程も積み立ても無かった。規程を作り、中退共に加入した。
- 規程を作った動機は、要望に応えることだけではなかった。退職金について定めていると公表できる状態は、これからの募集で効くと考えた。
- 積み立てて変わったのは、支払う額ではなくマインドだった。色のついていない資金が、ラベルのついたお金に変わった。節約でも運用でもなく、経営を止めないための備えだった。
- 退職金は天から降ってくるものではなく、誰かが現役のうちに積んでおいたものだった。役員の退職金も同じで、法人の側で積まなければ存在しない。
本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではなく、投資判断はご自身の責任でお願いします。医療相談は行っておりません。内容には正確性を期していますが、完全性を保証するものではありません。