冬に溢れ、夏に静まる医院を継いで——変えた診療の方針
「暇だな……。うーむ、どうしよう??」
暑くなってうっすら汗もかくようになってきたある日、シャウカステン(レントゲン写真などのX線フィルムを後ろから光で照らして確認するための医療・工業用照明器具)を見ながら考えていました。クリニックを継いで初めての冬は、待合室の椅子も足りず、ぼーっとシャウカステンを見ている暇もないくらい忙しかったのに。
同じ場所の夏は、ソファーに空きがあり、何もすることがない時間が過ぎてゆく。冬と夏でこれだけ状況が違うとは。シャウカステンを眺めながら、「季節だから仕方がない」という思いと「このままではマズい」という焦りが交錯していました。
大きな季節変動の理由は、ハッキリしていました。父が開業した昭和の時代のスタイルそのものだったのです。
継いだ医院は、季節に振られていた
父が診ていたのは、ほとんどが歩いて来られる範囲に住んでいる人たちでした。高血圧症や糖尿病の方もいましたが、もっとも多かったのは感染症です。熱が出た、咳が続く、という患者さんが多数で、地域の人が体調を崩したときに受診する場所として、診療所は位置づけられていました。いわゆる「町医者」。人の暮らし方も動き方も今とは違う時代です。その時代のこの地域に合った形だったのだと、私は子供ながらに見て知っていました。
ただ、この状態を経営という目で見ると、別のことが気になります。感染症の患者さんは、流行する季節に集中します。冬は溢れ、夏は静まる。年間でならせば成り立っていても、月ごとの波は大きく、しかも波の高さはその年の流行次第で、こちらでは決められません。
スタッフの給与、借り入れの返済などの固定費は、季節に合わせて増減してくれません。時代とともに診療報酬の配分も変化します。継いだ時点で私が認識したのは「この振れ幅が構造的な弱点だ」ということでした。父の時代には正解だった戦略が、時代が変われば弱点へと振れてしまっていました。
「広く、続けて通ってもらう」ほうへ舵を切る
そこで考えたのが、通年で通ってくださる「かかりつけ患者さん」を増やす、という方向でした。生活習慣病は、落ち着いている時期も含めて、長く続く通院になります。
また自分は、循環器専門医として長年基幹病院で働いてきました。循環器疾患の多くは、生活習慣の改善によって予防・改善が可能です。自分の強みを発揮するためにも、扱う疾患の範囲を広げることは必然でした。
もうひとつは、診療圏を広げるということです。近所の中だけで完結していると、そこに住む人の数がそのまま医院の上限になります。少し離れた場所からでも通っていただける理由があるなら、リミットは動きます。
一方、先代の方針を撤回するという選択肢は考えていませんでした。感染症の患者さんをお断りして、別の患者層に入れ替える。そういう進め方は、特に地方の診療所ではできません。できるのは、今診ている方をそのまま診ながら、診る幅を広げてゆくことでした。
父の懸念は「患者の金銭的負担」だった
この方針をめぐって父が気にしたのは、経営の数字ではありませんでした。患者さんの金銭的な負担です。
生活習慣病を継続的に診るとなると、必然的に検査の回数、項目が増えてゆきます。一回検査して終わりではありません。しかも昭和の時代と比べ、より高度な検査を診療所で行えるようになっていました。
その結果として、患者さん一人にかかる検査の費用は増えることになりました。収益を上げるために検査を増やしたわけではないのに、生活習慣病に軸足を移した結果、費用の構造が変わったのです。
ただ、窓口で支払う側から見れば支払いは増えます。父の世代の診療所は、近隣の方との長い付き合いの上に成り立っています。会計の金額が上がることは、その付き合いに直接響きます。私は経営の安定という側から同じ問題を見ていて、父は患者さんの財布という側から見ていた。立っている場所が違っていたということです。
「患者さんにとってどうか」という視点を、継ぐ側の私は先代から教わったことになります。
誤算——季節変動は消えなかった
時を経るにつれ、生活習慣病の患者さんは増えてきました。しかし季節変動は、消えませんでした。むしろ増えていったのです。
理由は単純で、感染症の患者さんも引き続き診察していましたから、近隣の方だけではなく、新たに生活習慣病で通院していた患者さんも、風邪を引くとわざわざ当院を受診してくれたのです。
結果として、冬の忙しさは軽くなるどころか、むしろ重くなりました。季節の振れ幅を小さくするつもりで始めたことでしたが、少ない時期の底が上がり、かつ振れ幅も大きくなりました。誤算でした。
それでも長い時間をかけて、季節変動も緩和されつつあります。
一方で冬の待合室の混雑はどうなったかというと、新しい建物に移り、待合室や廊下も広くなり、ある程度緩和されました。もっとも、その建物を建てられたのは、融資と、個人の側に置いていた"基礎体力"があってのことでした。
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受診者が増えると、スタッフへの負担も増えてきます。しかし幸い、患者さんの増え方は緩やかでした。採血や検査は増えましたが、スタッフはその速度に合わせて、少しずつ慣れていきました。個人的には患者がなかなか増えないことにやきもきしていましたが、もし一気に患者さんが増えていたら、現場は回らなかったでしょう。
答えを出したのは、私の見立てではなく患者の反応だった
父が懸念した患者負担の増加については、クレームは出ませんでした。代わりに増えたのは、きちんと診てもらえてよかった、という趣旨の言葉です。
おそらく、ですが、大きな病院で検査を受けた経験のある方が増えていたのでしょう。最新の検査を受ければ支払いも増えることに、慣れておられるようでした。もちろん患者さんに直接確かめたわけではありませんが……。
だからといって、父の懸念が間違いだったわけではありません。クレームが出なかったことと、負担が問題でないことは、別の話です。何も言わないまま通院をやめた方がいたかどうかを、私は知りようがないからです。
特に近年は、医療費の自己負担が増える時代に入ってきています。負担をかけている側に立っているのだという自覚は、これからも持ち続けるべきものだと思っています。
承継して思うのは、継いだ医院の方針は引き継がれるもの、ということです。先代の患者さんを切って新しい患者層に入れ替える、という進め方は、患者さんの目線で考えると、してはいけないのだと思います。そういう意味では、診療科を変える承継は、より慎重にことを進める必要があると感じます。
患者さんの「引き算」はできません。できるのは足すことだけで、足した分はそのまま当面は負荷になります。患者さんの流れが変わり、重心が新しい方針に移るまでには時間がかかる。その時間を、建物と現場が少しずつ消化していった。以上が私が経験したことでした。
まとめ:この経験で見えたこと
- 内科で感染症患者が中心の診療所は、季節で患者数が大きく振れる。年間で均せば成り立っていても、月ごとの波は経営上の弱点として残る。
- 慢性疾患を継続的に診る形へ幅を広げると、その医療の性質上、検査の頻度と種類が変わり、結果として患者一人あたりの費用の構造も変わる。そして、負担をかけている側だという自覚は持ち続けるべきものだと考える。
- 承継後の方針転換は引き算では進まない。先代の患者を残したまま足していく形になるため、負荷は当面増える。私の場合、季節変動は消えず、冬はむしろ重くなった。
- 診療方針変更を可能にしたのは、新築で生まれた環境と、緩やかな増え方に合わせて慣れていった現場だった——というのが、私の経験です。
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