クリニック承継

借りられたのは、私の実績ではなかった——継いで知った「信用」の正体

机をはさんで白衣の院長とスーツ姿の銀行の担当者が向かい合い、グラフの入った1枚の書類を受け渡している。机の上には電卓とペン、書類の束とファイルが並び、奥の壁には時計と風景画が掛かっているイラスト。

「クリニックを建てるときのお金って、どうやって借りるのだろう??」

勤務医だった頃、毎月の給料が振り込まれ、家賃や電気料金などがそこから引き落とされていく。私にとって銀行はまさに「便利な金庫」でした。

「銀行から借りる」といえば住宅ローンくらいで、事業のために借りるという発想は、そもそも自分の中にありませんでした。

継ぐことになって、初めて借りる立場に。そして実際に融資を受けてみて分かったのは、「借り手」として評価されていたのは私ではなかった、ということでした。

借りられたのは、私の信用ではなかった

融資の面談で、担当者は手元の資料をめくりながら話を進めていきました。私の経歴やこれからどうするつもりかも聞かれましたが、話の重心はそこではないようでした。見られていたのは、先代が経営を回し、借り入れを返し続けてきた記録と決算書のほうでした。少なくとも私には、担当者がそこを評価してくれているようでした。

一方で、私自身が提示できるものは多くありませんでした。個人の資産は少なく、融資の審査でそこを問われたとき、はっきりと自覚しました。

担当者と話しながら「これが信用というものなのだろう」と思いました。その時点の残高ではなく、返し続けてきた経過を示す「記録」のほうに、それは積まれているようでした。そしてその記録は、自分で積み上げたものではありませんでした。

あわせて読みたい個人資産はクリニックの基礎体力と気付いた日親子承継で院長になった私が、法人の税を個人の貯蓄で納めた経験から気づいたこと。医療法人への融資では理事長個人と法人が一体(連結)で見られる …

もっとも、私にも一つだけ、長く続けていたことはありました。研修医になって働き始めてすぐ、給料からの積立を始めていたのです。理由は二つ。一つは資産形成です。学生の頃に読んだ本に、積立預金なら確実に貯まると書いてあり、素直に受け取りました。

もう一つは、将来どこかで銀行から借りることがあるかもしれない、という思いです。毎月返済するのと同じように毎月積み立てるコトで、銀行側には「キチンとした人」に見えるのではないか。別の本から受け取った、漠然とした思いでした。

それが融資のときに効いたのかどうかは、今も分かりません。そう言われたわけでもありませんし、審査の中身を見せてもらったわけでもありません。単に私はこうしていた、というだけの話です。

継いでから、信用を保つ側に回った

継いだあとに自分が意識したことは、大きく二つでした。

一つは、会計と経理を学び始めたことです。数字は事務や会計事務所に任せておけばよいものだと、どこかで思っていました。それでも学ぼうと思ったのは、銀行の人ときちんと話せるようになりたかったからです。自院の数字を自分の言葉で説明できないまま座っているのは、借りる側として頼りない、と感じていました。

学び方は独学でした。毎月、会計事務所から数字が上がってきます。それを見て、分からない言葉をネットで調べ、本を開いて確かめる。研修を受けたわけでも、資格を取ったわけでもありません。

継ぐまで、会計や経理には触れたことがありません。本を読んでも理解できませんでした。決算書を作っても、全てが頭に入ったわけではありません。何回も決算を経験し、そのたびに知識に触れることで、徐々になじんでいきました。

もう一つは、毎月の返済を欠かさないことです。基本中の基本です。ただ、そのためには、いつ何が起きても返済を止めずに済むだけの備えを保っておく必要がありました。

あわせて読みたい返済が終わっても、ハイソな生活には戻らなかった——次に来たのは設備の更新だった返済さえ終われば、またハイソな生活に戻れると思っていました。ところが完済後に来たのは、医療機器の更新、空調の入れ替え、屋根の防水工事です。継 …

頼まれてもいない1枚を、自分から持っていった

きっかけは、本かネットで読んだ一行でした。決算を持っていくとき、社長自身が作成した報告書のペラ1枚があるといい。そう書いてあったのを覚えています。

銀行から求められたものではありません。

構成は毎回だいたい同じです。

  1. その年の業界の環境(診療報酬の改定など、医院の外で起きたこと)
  2. 自院に何が起きたか(近隣の開業、設備、人員)
  3. 数字と、そうなった理由
  4. 課題
  5. 対策
  6. 今後の展望

要点は4番でした。業界の経営指標と比べて自院が劣っている点を、聞かれる前にこちらから書く。そこに意味があると考えました。

後年、その数字が悪くなった年もありました。そのときも伏せずに「悪くなりました」と書きました。その上で理由を説明し「大きな改革が必要だと考えています」と締めました。数字そのものは決算書に出ています。1枚を足す意味は、そこに理由を添えるところにありました。

悪い数字は、隠さずに理由を説明します。良い数字も、出して終わりにはしません。なぜ良かったのかが分かれば、そこは伸ばせます。信用とは、数字を見せることではなく、数字の理由を自分の言葉で説明できることだと、書きながら思うようになりました。

診療圏の見積もりも載せました。もともとは自分の経営方針を決めるためにやった作業でしたが、こうやって考えています、と示す材料にもなりました。

あわせて読みたい院内勉強会は満席、それでも患者は増えなかった——狙った相手は、その場にいなかった承継後、診療圏に患者さんが何人いるのかを、国勢調査と健診の有病率から自分で見積もりました。来て欲しい患者さんに狙いを定めて院内で勉強会を開き …

必要が生じたときには個人から法人へ資金を動かす予定であることも、この1枚に書きました。

この報告書を最初に提出したとき、特に反応があったわけではありませんでした。

評価されたのかは分からない。それでも書き続けている

返済の途中に、事業用の車両を買うことになりました。一括で出すのは負担が大きかったので、プロパー融資を申し込みました。意外と二つ返事で通りました。

それがあの1枚のおかげだったのかどうかは、分かりません。ほかの要因もあったでしょう。ただ、断られなかったことで、自分の中で手応えがありました。

完済した今も、報告書は書き続けています。理由は二つあります。

一つ目は、今後に向けて信用を継続させるためです。借りる予定が今あるわけではありませんが、必要になってから作り始めるものではないと考えています。

二つ目は、書くこと自体が、自分の経営の中身を「見える化」しているからです。課題を書くには課題を見つけなければならず、対策を書くには対策を考えなければなりません。銀行のために始めたものが、いつのまにか自分のための経営の道具になっていました。

継いだ時点では自分のものではなかった信用が、返し方と説明の仕方で、少しずつ自分の側にも積み上がってきたように思います。

まとめ:この経験で見えたこと

  • 継いだ時点では、信用はまだ自分のものではなかった。返し方と説明の仕方で、少しずつ自分のものになっていった。
  • 評価されていたのは、先代が返し続けてきた記録だった。
  • 信用とは、数字を見せることではなく、数字の理由を自分の言葉で説明できることだった。
  • 頼まれてもいない1枚は、いつのまにか自分のための道具になった。

本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではなく、投資判断はご自身の責任でお願いします。医療相談は行っておりません。内容には正確性を期していますが、完全性を保証するものではありません。

山のクマ

この記事を書いた人

山のクマ継いだ院長、経営のリアル