クリニック承継

個人資産はクリニックの基礎体力と気付いた日

「気づいたこと:個人と法人は『連結』」と題したイラスト。地中に大きく根を張る木に「個人資産は『経営の基礎体力』」と添え、法人の税を個人の貯蓄で納める場面と、銀行の融資審査を並べている。

目の前の男性が、天を仰ぎました。「うーん」という心の声が聞こえてきそうです。

テーブルの対面にいる男性は、融資担当の行員。パーティションで区切られた、面談室。そう、クリニック建て替えの融資を相談に行った銀行での出来事です。

「あれ、何かが違う。確か法人への融資の申込みだったはず。個人と医療法人の口座って別だよな?」

自分の思い込みが、少しずつ崩れてゆきました。

承継によるクリニック建て替え

父の診療所を承継すると決めたあと、私は現在の建物が手狭だと感じるようになっていました。診察室はひとつしかなく、二人の医師が同じ建物内で診察することは不可能。

しかもインフルエンザのシーズンともなると、待合室のソファーが足りず、立ったまま長時間待つ患者さんもいるほど。

承継にはクリニックの建て替えが必要。

父とも考えは一致しました。世代交代の節目に新築することは、私にとっても自然な流れで、迷いはなし。

ただ、この頃の私は、子どもたちの教育費がかかる時期にさしかかっていました。そちらの積み立てをガンバった結果、フリーの資金は多くない、というより少ない状態。

一方法人の口座にも、十分な自己資金はありません。そこで、融資を受けることに。融資の依頼先は、父の代からメインバンクとしてお付き合いしてきた金融機関です。

私はてっきり、二つ返事で貸してくれるモノと思い込んでいました。クリニックの経営は順調で、黒字をキープしていました。

個人は個人、法人は法人。自分の資産額は気にしないだろう。

融資の話し合いは、しかし、思わぬ方向に進んでいったのです。

「え、私の個人資産ですか?」

融資で大切なのは法人の財務内容だけだろうと、私は思い込んでいました。ところが融資担当行員との面談が進むにつれ、自分の資産額に話が及ぶようになっていました。

多くはない自己資金を伝えると、担当者は上を向いて、しばらく唸ってしまったのです。これが冒頭のシーン。

「法人への融資のはずなのに、なぜ個人の資産が問われるのだろう」と、私の頭の中では「???」が渦巻いていました。「クリニックと自分は別」という前提、というより思い込みが、このとき初めて揺らいだのです。

連結決算のように見られる、ということ

担当者の説明によれば、医療法人への融資では、理事長個人と法人の資産をひとつのものとして見るとのこと。それを聞いて、私はすぐに「連結決算」を思い浮かべました。

「連結決算」とは、親会社と子会社を一つのグループ企業とみなし、全体の財政状態や経営成績をまとめる手続きのこと。株式投資で企業分析を行う中で、自然に入ってきた知識でした。

クリニックで置き換えると、制度の上では医療法人と個人は分かれていますが、銀行融資の現場では、両者は地続きのものとして扱われていたのです。

そう理解することで初めて、個人資産の内容を聞かれた意味がわかりました。医療法人を継ぐということは、この連結の関係を引き受けることでもあったのです。

でも、頭で理解することと腑に落とすことは、別でした。「連結決算」の意味を本当に知ることになるのは、それからしばらく経った後でした。

法人の税金を自分の口座から払った

新築からおよそ半年。自分の生活も節約を重ねながら、経営は徐々に軌道に乗ってきました。

ある日郵便受けをみると、見慣れない茶色い封筒が。クリニックの不動産取得税納税通知書でした。

「え!こんなに??どうしよう??」

法人口座には、払うだけの現金がありません。しかし滞納は出来ない。

結局、私は個人の貯蓄を取り崩して支払いました。ATMで振り込んだ後、思わずため息をつきました。頭で理解していたはずの「連結」が、この時初めて「わかった」のです。行員が天を見上げて唸った理由も、腑に落ちました。

と同時に、僅かでも貯金があったことに安堵しました。承継の準備を進めている中で節約にも目覚め、少しずつ積立預金をしていたのです。倹約に協力してくれた家族には、感謝しかありません。

基礎体力としての個人資産

この出来事のあとも、折に触れ、個人の口座から法人に資金を貸与する事がありました。今は、そうした資金移動をせずに済んでいます。

「勘定合って銭足らず」

黒字でも、現金が足りない場面は起こります。帳簿では「理事長から法人への貸し付け」ですが、現実には「連結の中での理事長からクリニックへの資金移動」。

理事長の資産の多寡が医院経営に多大な影響を与えるという現実を、年月を経るにつれて、ひしひしと感じるようになりました。

開業医というと「儲かる」「金持ち」というイメージがついて回ります。でも個人資産は派手な成果ではなく、経営を止めないための備え。

「クリニック経営を続けていくには、個人の財政基盤も一種の基礎体力なんだ」

この出来事の後、私はいざというときに動かせる現金があるかどうかを、常に意識するようになりました。

まとめ:この経験で見えたこと

  • 医療法人への融資では、理事長個人と法人が「連結」のように一体で見られることがある。
  • 黒字でも現金が足りない局面(勘定合って銭足らず)は起こり、そこで個人の備えが経営を支える。
  • 個人資産は派手な成果ではなく、経営を止めないための"基礎体力"——そう捉え直した、というのが私の経験です。

本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではなく、投資判断はご自身の責任でお願いします。医療相談は行っておりません。内容には正確性を期していますが、完全性を保証するものではありません。

山のクマ

この記事を書いた人

山のクマ継いだ院長、経営のリアル